文責:土屋由香(研究代表者、京都大学)

 従来の国内外の広報文化外交研究においては、「広報」「文化」「外交」の3要素のうち「文化」に力点が置かれ、「外交」の現場に発露されるパワーポリティクスにどのような影響を及ぼすかという点については十分な分析がなされてこなかった。こうした弱点を克服し、文化の政治性あるいは政治の中の文化に対して鋭利な分析を加えるために、本研究は、あえて芸術・音楽など従来扱われてきた文化事象ではなく、科学技術をテーマとした広報文化外交(科学技術広報外交と呼ぶ)に焦点を当てる。冷戦期の東アジアにおいて、アメリカは、原子力をはじめとする科学技術を「豊かさ」や「洗練された文化」の象徴として宣伝したが、こうした「イメージ」の輸出はまた、技術依存や資本主義イデオロギーの拡散といった、現実的なヘゲモニー拡大と重なっていた。一方、東アジアの国々も、アメリカの科学技術広報外交をただ受動的に受け止めるのではなく、自らの国益のために利用した。本研究は、科学技術が持つ広報文化外交的役割、そしてアメリカ発・東アジア発の両方の動きに着目することによって、広報文化外交のもつ政治的な力と限界を実証的に論じ、文化と国際政治の架橋を目指す。より具体的には、本科研研究のテーマは、Ⅰ国際政治の文脈、Ⅱアジア特有の論理(分断国家・華僑など)、Ⅲ 生活に密着した科学、に分けることができる。

 科学技術に着目することによって、従来の「国際政治」あるいは「文化研究」いずれのフレームワークでも十分に論じることの出来なかった(あるいは両者を架橋するような)冷戦期アジアの実相を炙り出すことが期待される。第二次世界大戦後、「文化」と「政治」が少なくとも表層的には腑分けされ、学術的にも別々に論じられることが多かったが、科学技術はその両者を接合する結節点として理解できる可能性を含んでいる。したがって本科研研究は、既存の「科学史」研究とはまた異なる観点、すなわち科学技術から見た冷戦期の国際政治と文化外交を論じるものとなろう。

 本科研研究でカバーする「科学技術」とは、原子力を1つのコアとしつつも、より生活に密着した「電化」「家庭の近代化」や、医療・農業などを含める。構成員以外の研究者を研究会に招聘しつつ、最終的には論文集の出版を目指す。